「環境技術」2007年11月号:<DNAマイクロアレイと環境科学>

特集のねらい           古武家 善成   兵庫県立健康環境科学研究センター

 
 ヒトを含む生物は,化学物質の暴露など外部からストレスを受けると様々な生体反応を引き起こす。バイオアッセイはこの生体反応の一部を指標(エンドポイント)として利用する測定系であるが,生体反応の一部を特異的に利用したことにより,生物への総合的な影響を検出するために多くアッセイ系を組み合わせる必要が生じている。新しいバイオテクノロジーに裏打ちされたDNAマイクロアレイ手法は,総合的な影響を数平方センチメートルの小さなチップ上で検出しようとする非常に興味深い測定技術である。

 その手法を環境の分野に即して簡単に述べると,ある生物の細胞に含まれる多数の遺伝子を対象に,それぞれの遺伝子に特徴的なDNA断片(プローブ)を,スライドグラスなどのチップに穿かれたマイクロウェルに貼り付けておき,化学物質に暴露された細胞から取り出した遺伝子混合物(実際にはmRNAから逆転写したcDNAを使用)を反応(ハイブリダイゼーション)させ,対照細胞の正常な発現との比較で,より発現している(あるいは抑制されている)遺伝子(群)を探し出す方法である。対象細胞内のさまざまな機能(解毒,エネルギー生産,タンパク質合成など)をつかさどる遺伝子群に含まれる遺伝子の相対的な発現(誘導)割合から,化学物質暴露で影響を受けた機能を推定することができる。

 原理の詳細や環境科学分野での有効性については,5編の特集論文の中で以下のように詳述されている。

 (独)産業技術総合研究所・ヒューマンストレスシグナル研究センターの岩橋 均先生には,「DNAマイクロアレイの原理と環境分野での展望」を概説いただいた。北海道大学大学院の岡部 聡先生には,「トキシコゲノミクスとDNAマイクロアレイ」で,遺伝子レベルの毒性学へのこの手法の適用を詳述いただいた。鞄本紙パルプ研究所の岸 克行先生には,「内分泌攪乱化学物質問題における分析ツールとしてのDNAマイクロアレイ」で,内分泌攪乱化学物質問題解明のための新たな展開手法を述べていただいた。

 東レ(株)の秋山英雄・信正 均先生には,「DNAマイクロアレイ開発の現状 −高感度DNAチップ“3D-Gene”による新発見の期待−」で,現状に比べはるかに高感度な新しいDNAチップの開発状況を報告いただいた。最後に,同じく(独)産業技術総合研究所・ヒューマンストレスシグナル研究センターの田中喜秀先生には,「環境科学分野におけるゲノミクスとメタボロミクスの融合」で,DNAマイクロアレイの手法が適用される遺伝子発現解析(ゲノミクス)から,細胞内の全代謝物の解析(メタボロミクス)までの新しい研究手法に関し,環境科学分野での有用性を包括的な視点から論述いただいた。

 DNAマイクロアレイに関しては,これまでに,本誌2002年9月号の特集「ニューバイオテクノロジーによる環境解析」で岩橋先生に紹介いただいている。それから5年経ち,この手法は,「DNAプローブ数が数百万オーダーに高密度化された」(岩橋論文)ことに象徴されるように大きな進歩を遂げた。しかし,周辺技術,解析対象となる生物材料の調整法,データの利用法など,課題も多いとされる。そのような課題を克服しながら環境分野で広く適用されることを期待したい。
      
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