安曇川
(あどがわ)
−朽木森林実験小流域から三国岳−

         國松孝男(滋賀県立大学環境科学部)
      駒井幸雄(大阪工業大学工学部)

日本水環境学会関西支部川部会では、関西の川を散歩して、水辺環境の観察結果を本誌に2004年4月号から2006年1月号まで20回にわたって連鎖してきましたが、事情により1年あまり休載しました。今回、2007年4月号より2ヶ月に1回程度のペースで連載を再開をして参りますので、あらためてご愛読のほどお願いいたしますと共に、共に歩いてみようと感じて頂ける方はご一報下さい。
1.安曇川と花折断層
 
安曇川は流域面積 311 km2、流路延長52 kmの琵琶湖集水域で最大の河川で、唯一、主要部分が北流する河川である。源流は百井川と名を変えて京都市左京区百井峠(MAP下方)で、琵琶湖集水域を外れている。ほどなく滋賀県に入り、比良山地と丹波山地にはさまれた「花折断層」の峡谷を北流し、最大の支川・針畑川を合流する。最後の臨検地「生杉ブナ原生林」を目指して迷い込むことになる標高776 mの三国岳(F)は、針畑川の源流で、滋賀県・福井県・京都府の府県境が接するランドマークである。その後、高島市朽木(旧・朽木村)で第2の支川・北川を合流して東に向きを変え、扇状地を発達させながら高島市安曇川町の東端で琵琶湖に注いでいる。河口デルタに広がる高島市安曇川町は、人口約14,000人ののどかな田園風景が広がる町であり、日本陽明学の祖といわれる近江聖人・中江藤樹生誕の地である。
2.簗場と鯖街道
 2006年7月22日土曜日10時、JR湖西線安曇川駅(MAP中の@)に集合し、筆者が運転する滋賀県立大学環境科学部のワゴン車に分乗して、最初の臨検地、安曇川河口北船木にあるアユの人工河川(A)に向けて出発。この施設は琵琶湖総合開発事業による漁業補償事業として1980年に建設され、滋賀県淡水養殖漁業協同組合が管理する施設で、渇水で琵琶湖の水位が低下してアユの産卵率が落ちたとき、捕まえてあった成魚を人口河川に放って、その礫床に人工的に安全に産卵・孵化・放流させる施設である。その後の新聞報道では、今年は9月末までに34万匹を放流する計画だそうである。
 次の臨検地を目指して、安曇川の堤防を走っていると、アユ漁の簗場にさしかかり、ここで予定外の途中下車して、透明なビニールホースで自動的に吸い上げられていくアユを見学しながら、漁師と「今年は暖冬異変のため漁獲はさっぱりダメで、これも地球温暖化の前兆か」などと話して、再び広い扇状地を霞堤に沿って走る。20分ほどで旧朽木村に入り、国道367号線と交差する朽木市場(B)に到着。367号線は安曇川に並行して走っており、南は京都、北は旧若狭国小浜に通じ、平安時代から日本海の海産物を都に運んだ若狭路で、江戸時代には塩サバが盛んに運ばれたことから「鯖街道」と呼ばれるようになった。
 朽木市場から北川筋に入り、西に大きく湾曲する地点で国道を左折する。5分間ほどで麻生川との合流地点に到達する。その広い三叉路を右折して木地山方面へ向けて麻生川を遡る。道の両側のスギの幹には、地際から1.5 mぐらいの高さまで、白や青の幅広の薄いビニール製の荷造りテープが靴ひものように、何重にも交差させながら巻き付けられている。シカの食害を防ぐためである。

3.下水処理水の森林散布実証実験地
 渓谷沿いに2 kmほど走って旧森林環境研究所(C)に到着した。ここは1979年に朝日新聞社が創立100周年を記念して、青少年育成のための森林環境基地として開設した「朽木・自然研修所」通称「朝日の森」に併設された小さな研究所である。しかし、2003年に閉鎖され、朝日新聞社から高島市へ引き継がれ、高島市立森林公園「くつきの森」として再出発した。ここでは下水処理水の山林還元実験地と伐採・植林の水質影響を研究している森林実験小流域を臨検した。
 アメリカでは湖沼の富栄養化対策として下水二次処理水から窒素and/orリンを除去する“三次処理”が、すでに1970年代半ばに懸案になっていた。しかし、当時の窒素のアンモニアスプリッティング法・イオン交換、リンの凝集沈殿法などの技術は、コスト的に実現が難しく、アメリカ環境保護局(EPA)は土壌浄化法・陸地還元法(land application の筆者訳)をオルタナティブな方法とし再評価し、新たな技術開発を促し、一部で実施設も稼働していた。日本でも1976年に当時の建設省が、筆者の滋賀県立短期大学・香川大学農学部・鳥取大学旧砂丘利用研究施設の三者に研究を委託した。朝日の森の自然研修所等の浄化槽排水をスギ人工林へ散布処理する施設は、わが国唯一の実用規模の森林散布処理施設である。筆者は1984年から1995年まで森林環境研究所からその浄化機能調査を委託された。詳しい調査結果については、文献1-3)を参考にして頂きたい。残念なことに移管後は施設が縮小されたために、散布施設は稼働してない。
 元研究所の裏手のぬかるんだ山道を、滑らないように気をつけながら登っていくと、左手斜面の杉木立の間に、スプリンクラーの水色のポールと配管が鮮やかに見えてきた時は、なぜかホッとした気分になった。薮こきをしながら今は“安心して”スプリンクラーのところまで行き、下方斜面のスギの幹直径が上方より太く、ただし異常な生育ではないことを確かめ、稼働している様子は想像に託した。
 ここでヤマビルにであった。ヤマビルが増えたのはここ5〜6年のことで、筆者が山林散布実験をしている頃はついぞ見かけることはなかった。全国的にもヤマビルは増えている。イノシシやシカ・サルなどの野生動物が増えたためで、先に荷造りテープが巻かれたスギのことを書いたように、特にシカの増加が著しい。

4.二次林の伐採・植林の水質影響実験地
 研究所のテラスで昼食を済ませた後、麻生川を渡って支流の搦み谷に入り、筆者らが1989年から滋賀県琵琶湖研究所(現滋賀県琵琶湖環境科学研究センター)の集水域プロジェクトの一環として、二次林の伐採と植林の水質影響を調査研究している朽木森林実験流域(写真1、D)を視察した。ヒルに気を取られながら脇道を約100 m入ると、古びた鉄筋コンクリートの三角堰が左右に1基づつ並んでいる実験流域末端に着いた。左の流域が1996〜7年にクリ・コナラを主とする二次林を伐採してスギを植林した伐採区で、右が保存区である。水文・気象条件の年変動を強く受ける水や物質の流出現象を、このように同時に2つの小流域を設定し、一方を対照として研究する手法は、対照流域法と呼ばれている。対照流域法が森林伐採の水質影響の研究に適用されたのは日本ではここが初めてである。
 これまでの研究によって、水質影響は伐採の直接影響と長期影響に分かれること、直接影響は伐採時の林床の撹乱によって表土が流出することによって起こるため、粒子態の窒素・リン・有機物が主体であること、長期的影響は約1年後から硝酸態窒素の流出濃度が急上昇したこと、その結果、全窒素の流出濃度が3〜4倍高くなり、それが3〜4年続いたこと、その後低下しているが、8年経った現在も完全には回復していないこと、などを説明した。筆者が定年退職(後2年)するまでに、水質は回復しそうにない。
 その後、伐採流域の量水堰を出発して、ヒルに注意しながら沢沿いに歩き、伐採・植林後10年を経て、成長の良い部分はほぼ鬱閉しはじめているスギの拡大造林地を体感しながら、気象観測ステーションや土壌水採取装置などを見学した。途中で見晴らしのきく山腹を横切って保存区に入ると、途端に林が開けたように明るくなった。針葉樹の林と較べて二次林の明るさを実感しながら、尾根伝いに滑りながらぐるっと巡って、全流域の臨検を終えた。
5.生杉ブナ原生林から三国岳を登る
 朽木森林実験小流域・森林環境研究所を後にして、麻生川を戻って北川筋に入いり、最後の視察地「生杉ブナ原生林」(写真2、E)に向かった。安曇川には今のところダムはない。しかし、支流北川には1975年に立てられた、下流デルタの治水を目的とした県営「北川第1、第2ダム」の建設計画がある。第1ダムは森林環境研究所の約3 km上流の麻生集落の上手の麻生川に、第2ダムは北川筋の雲洞谷と能家のほぼ中間地点に計画されている。すでに1999年から工事用道路などの関連事業がスタートしており、車はスギの人工林には不釣り合いな2車線の真新しい“道路“を疾走した。雲洞谷集落と北川第2ダムの予定地を通り過ぎて、ダムの湖底に沈む運命にある能家集落を抜け、約1時間の行程で生杉ブナ原生林に着いた。そこは川沿いに公衆便所とベンチが置かれた小屋が2棟に数台の駐車スペースがあるだけである。
 道路から見通しのきく範囲の登山道は、入り口からかなり急で、皆それなりの支度をして登りはじめた。100 mほど進むと、二抱えもある立派なブナが道際に現れた(写真2)。ただしブナの純林というほどではなく、他の樹木に混ざって孤立的にブナの大木が残っているだけの林であった。ほんの10分ほどの道のりを、それでもブナの大木に感動しながら行くと、道が右に曲がって水平になるところに木のベンチが2つほどおいてあり、ここでとにかく一服する。このまま道なりに先に進むと10分ほどでぐるりと一周して、出発点に戻ってしまいそうであった。ブナの原生林というふれ込みであり、そんなはずはなかろうと、三国岳と書かれた案内板の方向にかなり急な途を登りはじめた。案内役の筆者は山登りは趣味ではない。以前来たときは時間がなかったことから、この先にあるはずの原生林は確かめられなかった。しかし、行けども行けどもブナ林は現れず、いつまでもありきたりの見晴らしも良くない急な山道が続くのみであった。歩くこと約30〜40分、全員予定していなかった三国岳(峠)の登頂に成功した。峠から見る景観は、幾重にも重なった山並みが延々と続くだけで、涼風以外に峠に立った筆者の琴線に触れる景色ではなかった。また、誰にもその先にあるはず?の生杉のブナ原生林を確かめようとする気力は残っていないようであった。
 これでとりわけハードであったと言われていた高時川(第19回川歩き)より、はるかにハードであった安曇川の山にも登る川歩きは無事?終了した。

 参考文献
1)國松孝男(1994)「自然の浄化機構の強化と制御」,楠田哲也編著,pp.27-44,技報堂出版
2)國松孝男(1988)「都市の水環境の創造」、國松孝男・菅原正孝編著、pp.133-166、技報堂出版.
3)國松孝男、島田佳津比古、橋本康子(1986)山林河川(滋賀県北西部)の水質と2次処理水の山林散布の影響、森林文化研究、7、217-239
 
@JR安曇川駅→Aアユの人工河川→B朽木市場→C旧森林環境研究所→D朽木森林実験小流域→E生杉ブナ原生林→F三国岳(峠)
                   (福永勲氏撮影)
  写真2 生杉ブナ原生林(MAPE
L:伐採・植林流域、R:対照保存流域
写真1 朽木森林実験小流域(MAPD