「環境技術」2017年5月号 記事情報

掲載年 2017
巻(Vol.) 46
号(No.) 5
278 - 283
記事種類 解説
記事タイトル のろしの実像と歴史―中世を中心にしたのろしの実像―(前編)
著 者 加藤進、ギヨーム・ルマニヨン
第1著者ヨミ KATO
第1著者所属 三重大学伊賀サテライト伊賀研究拠点
要 旨 1.はじめに
最近,のろしが,太古のリレーの検証1),琵琶湖1周のろしマラソン2)などで町おこしや村おこしとして再登場している.筆者は三重大学が進める文理融合型の研究テーマ「忍者の知恵を利用した人にやさしい循環社会の構築」の中で中世の忍者が使った情報伝達技術と考えられるのろしと中世城館に興味を持った.現在,「烽(燧)火」あるいは「狼烟(煙)」が漢字として採用されている.時代をさかのぼると「度布比(とぶひ)」や「飛火(とぶひ)」とも記載されている.現在では,「火野(の)山」,「火山」,「焼火山」,「火あげ山」→「ひげ山」という名称で300m〜700m 級の山々にその遺跡が残っている場合も多い3).しかし,その後衰退していった.
江戸時代末期に再度息を吹き返したのが三重県熊野灘に面した紀州藩である.江戸時代の烽火台は遺構の確認は容易である.形状は,観察した限りでは,石垣を組んだり,土と石で土塁を作り切り口(開放端)を有している.これに対して中世の烽火台となると確認はきわめて難しい.その理由は,行政が一定の仕様によって管理・指導の上に形成された設備(上代・江戸)とひき替え,中世は群雄割拠でルールはなく,小高い丘や丘陵(山岳地帯)で,あらゆるものを燃やして,煙を作ったからと考えられる.
ここではのろし(以降では筆者の論点から「烽火」と記述する,ただし,説明板等に名称として「狼煙」と書かれた場合はそれを採用した)を分析化学や大気環境科学などの面から取り上げて,従来言われている材料,可視範囲,煙の状態,および動物の糞との関係について,定性的な部分もあるものの解説してみたい.
キーワード:のろし,材料,動物糞,可視範囲
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特集のねらい